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心が張り裂けそうな日

このブログは、19日には書いていません。
心が痛くて何も文字にする事ができなかった・・・。
絵で表現するには、もっと時間が必要だと思いますが・・・。


2011年(平成23年)6月19日(日)10時30分。
親父が逝った・・・76歳だった。
心不全からの多臓器不全とか・・・。

危篤状態になって2週間、頑張ってくれた。
家族に別れる為の心の準備をさせてくれたのだろうか?
・・・まったく心の準備はできなかった。

この2週間、仕事も無い状態だった自分は、時間を見ては病院にいた。
それ以上に兄貴は、会社を休み親父のそばにいた・・・。
御袋は云うまでも無い。

自分の相方も時間を遣り繰りしては、病院へ来たり、みんなの変わりに
雑用で動いてくれたり・・・。
チビは学校が終わると病院へ・・・「おじいちゃん頑張れ」と・・・。
治るかも知れないという心の中の望みにかけて・・・。

眠るように逝ったそうだ。
みんなが、自宅へ戻っているときだった。

病院から自宅へ戻る途中、幼なじみ・・・4歳から付き合いのある友人に
電話した、冷静に報告はできなかった。
他の友達には、電話で話をすることができる状態ではなかった・・・。
声が出ない・・・声を出そうとすうと、嗚咽になってしまう。

心が痛い。

家族の中で、1番、迷惑と心配をかけていた・・・。
ワガママで好きなことばかりやっていた自分を、1番、気にかけて
くれていたのも、親父だった・・・。
そんな親父に親孝行はできなかった。
震災後、入院した後も、仕事が無い状態で心配をかけたままだった・・・。

孫を見せられて、孫と遊ぶ時間を作ってあげられたのが唯一の
親孝行だろうか。

心が痛い。
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本厄が終った日

昨日で本厄が終わった・・・今日からの1年は後厄。

・・・厄年を誕生日がある元旦から大晦日までと思っている方が
いるようだが、厄は年齢に対してかかるので、誕生日から
誕生日の前日までが厄年になる・・・正月に厄払いをと宣伝する
神社があるが、あれは、厄年になる年の年初めに厄払いを・・・
と言うことと、俗な話をすると、神社としては正月を逃して
誕生日に厄払いに来て・・・と言っても、このご時世、来る人は
ほとんどいない・・・お布施が頂けないと困ると言うことになる。

散々な1年だった(8月から8月)・・・今思うと実際には前厄の年の
12月から予兆はあった・・・でも、気づかず本厄になり、9月に
このままだとまずいな・・・と感じた。
ジタバタしてみたが、悪循環にはまり、もっと悪い状況になり12月に。
今年の1月に、これ以上悪くなっても身動きができなくなるだけだと
行動に出て、2月あたりから横ばいになり、横ばいのままだが
このまま行けば10月あたりから良くなって行く兆しが見えてきた。
(景気が悪くなっているので、どうなるかは・・・神のみぞ知る)

自分の場合、厄がかかったのは仕事関連だった・・・イコール生活も。
(仕事が不調で収入が滞れば、生活に影響が出る自営業のサガ)
友人や先輩方と話していて感じているのだが、厄は健康や仕事など
かからうものが人によって違ってくるようだ・・・人によっては体調を
崩したり、腰痛がひどくなったりと言う方もいた・・・。
周りの方に影響がでる場合もあるらしい・・・厄年の当人は、まったく
影響を出ないのだが、奥さんが体調不良になったり、近い親類に
不幸があったり・・・そういえば、本厄の友人の御父さんが先日、
亡くなられた(合掌)・・・彼自身はどうなのか聞いてはいないが・・・。

厄年が全く関係ない方もいる。
関係ない方の大半は、ポジティブな方が多い・・・ポジティブの度合いが
大きければ大きいほど・・・つまり前向きな方ほど厄の影響を
受けていない気がする・・・。
「上手く行く」と言うことを信じて、目標に進んでいけば、きっと目標に
到達できる(信じる事が重要)。

今年1年、引き続き宜しくお願いします。


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1996年の。

告白。

人は、時を重ね忘れていく・・・。
忘れまいと誓ったことでさえ、少しずつ少しずつ
しずくが石を削るように・・・。

1996年の今日、6月26日に彼の葬儀が行われた。
朝一の火葬で、僕が式場である彼の家に行ったときは
すでに荼毘に・・・祭壇のところで彼の写真の普段の顔があった。

ひたちなか市田彦のアパートに独り暮らしをして、
ソフト開発の会社が茨城撤退に伴い、本社への転勤を断った僕は
あの時、水戸にあるお菓子会社の電算室で伝票を打ち込みの
仕事をしていた。夕方だった自宅に帰っていた。
蒸し暑く天気も良くなかったと記憶している。
友人・・・最初に誰が電話をくれたか憶えていない。
彼が夏休みに行われるボランティアの調査で、離島へ行き海岸の
岩場を下見に行き、波にさらわれ翌日、海の中で発見されたと・・・。
事故の日は、22日で発見されたのは23日だった。

25日の通夜には行けなかった・・・。
彼の最後の顔を見にと、友人から電話があった。
彼の最後を信じられなかった。
だから、見に行けなかった・・・。

彼の個展が前の年に行われ、見に行けなかった・・・。
僕の個展も前の年に行われ、彼はこれなかった・・・。

あの年から、僕は絵を描く枚数が減っていった。
自分と同じ年の、同じ時間を生きた人間の死は、僕の心の奥底の
僕の絵を描くための世界から色を奪うのに、十分だった。
そして、色を取り戻すのには、多くの時間を必要とした。

彼の逝った後、数年間は、命日に集まった友人達も、家族を持ち
今、彼と共通の友人で連絡をくれる方はいない。
少しずつ少しずつ、しずくが石を削るように忘れていってしまう・・・
それが現実かもしれない。


彼が逝った数年後、彼と仲が一番良かった友人が病気で逝った。
静かに、人に知られないように・・・。

僕は絵を描くことをとめた・・・。
人間関係から描かないといけないもの以外は描くのをとめた。
自分の意思からは、描くことができなくなった・・・。
このことは誰にも言っていない。
僕の絵を見た人は、解るかもしれない。
僕の絵は、僕の心の中の世界。僕の全てをさらけ出している。
僕の心、命を切り取り描いている。
僕の心から色が消えた・・・完全に・・・。

彼が逝って10年が過ぎた・・・僕は絵を描いてよいのだろうか?
そろそろ良いのではないかと思うようになっている。
理由は・・・僕が向こうへ心にしまい持っていく。
僕は絵を描く準備を始めてよいのだろうか・・・?


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19XX年8月7日生。
茨城の田舎在住。
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